付夜紅葉雑貨店 参 ロザーナ

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「昔はそれほどありがたいとも「良い」とも思わなかったな、鎌倉なんて」
 鎌倉へやってきたのは寒くなり始めた十月の中頃。
「記憶より道幅が狭い」
 そう感じるのは私が大きくなったからだろうか。
 以前は神奈川県、鎌倉市に住んでいた。
 鶴岡八幡宮あたりには、小学校時代に校外学習で何度か。
 ただ小学生当時は鎌倉に興味はなく、校外学習の多くの時間を無駄にしていたような気がする。おそらくはこのあたりは「内側」で子供の頃は興味が「外側」に向いていたのだと思う、色々な意味と理由で。

 私「斎藤 考旬」は日本人の父と中国の母の一人息子だ。
 ただ両親が離婚して父親に引き取られた私は、父親の実家の東京へ行く。
 それ以降、内向的になっていく。
 時代のせいか分からないが情報分野を好むようになった。
 自作のパソコンに「リナックス」を入れて引きこもり気味の中学時代。
 高校時代はパソコン部、ただ実力が抜けていたわけではない、引きこもってやっていたことは決して勉強でも研究でもないのだから当たり前と言えばそうだが。短大で情報学科を学び、今は情報系の会社に居る。

 手のカメラは家にあった父親のものだ。
「一眼レフというあたりに、何かしらの血脈を感じるよ」
 こだわり、という熱病がある。
 紅葉はこれからだろう、観光客も今以上に増えそうだ。
「そうなると、綺麗な写真が撮りたい人は早朝に行かないと、人混みで良い写真は撮れないだろう、ただ早くに寺が開いているのかは分からないけど」
 そんな誰に向けたおせっかいを口に出してみる。
 カメラ友達なんていない、昨日も今日も明日も。
「何とも言えない孤独が何故か好きだ」
 寂しいには寂しいが、だからと言って「誰か」は嫌なのだろう。

 今まで行ったことがない場所に興味が薄れてきたのは23才あたりから、30才近くになって突然「懐古」の感情が愛おしく感じだして、仕事の休日を使って以前訪れた場所へ行くようになった。

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「もう行きたいところは全部行ったけど、まだ時間が少しあるな」
 大通りから少し外れてみようと思った。
「小道はそんなに知らないな」
 迷うことはない、土地勘があるからだ。
 懐かしい街の懐古と、まだ知らぬ小道の好奇心。その相反する二つを混ぜた奇妙な感覚を同時に味わいながら歩いたその先に、雑貨店を見つける。木製の看板が道に置かれている、そこに書かれている店名を小さく声に出していた。
「付夜紅葉雑貨店……か」
 黒く古い木造の家に紅葉が描かれている、趣味的な店だ。
 やっているだろうか、ふらふらと中へ入った。
 錆びたベルの「ガラン」と言う音。
「ごめんくださーい……やっていますか」
 雑貨店、と言うには奇妙な空気がある。
 骨董、それも怪しげで酷く趣味的な空間である。
 確かに雑貨も置いてはあるが「雑貨店」と言う名前はどこかアンマッチだった。こういう「趣味的な個人店舗」は潰れては新しく作られるものだけど。
 何故だろう、潰れる予感はしない。
「二階が住居だとしたら、ここは持ち家だから家賃はないだろう」
 妙に居心地が良いことに気付く。
 そうか、古ぼけて停滞している空気のせいだ。
「こういう空気は古書店のようだ」
 奥から声がした。
『いらっしゃいませ、どうぞ見て行ってください』

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 雑貨店、と看板に銘打ってあったけれど、どちらかと言うと「骨董」に近い。店の中には怪しげな古い物が置かれている。もちろん雑貨もあるにはあるけれど。
 店の中を物珍しげに見ていると、一つの中古品が目が止まる。
 濃いオレンジ色のタイプライターだった。
 もともとは赤色だっただろうが年月のせいで色落ちしている。

「これは「Olivetti Valentine」だ」
 別名「バケツ」の知る人ぞ知る名品である。
「何故、こんなところにこんなものが」
 ところどころ傷や汚れはあるものの、比較的「良品」であることに間違いなく、一万円ならば買う価値は十分にある。良品は入手困難でそれもブランド品。
「コレクションの一つにするには上等すぎる」
 タイプライターには実は興味がある。
 が、それほど実用的な代物でもないため購入の機会はなかった、この先もおそらく。ここで買わないのなら一生「縁」のない物になる。それにこの「Olivetti Valentine」は、タイプライターとして非常に上質なものだ。
 悩んだ結果、私は買ってしまうことにした。
 商品を梱包しながら店主は一言付け足した。
「こちらの商品は返品が出来ませんがよろしいでしょうか」
 そう言われて私は性格的に「動作不良」を疑った。
「タイプしてみてもいいですか?」
「動作不良ではありません。文字は問題なく打てます、そこは保証できます。ああ、おまけで用紙とインクリボンをお付けしておきますね」
 用紙も上質なものだろう。
 インクを吸い取るような質感のものだった。

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 コインパーキングに戻り白のミニバンの鍵を回して開ける。
「今日は思った以上に「良い日」になった」
 そう言いながら紙袋に入ったタイプライターを車の後部座席に乗せた。
 この白のミニバン、カセットで音楽を聴くような古い車だ。
「この車も相当年季入っているからね」
 中古で20万で買って、カーナビだけ新規に付けた一応はオートマティック車だ。エンジンをかけてカセットのスイッチを押すとジャズブルーズ。
 白のミニバンは私の街に向けて走りだした。



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