GHOST PICTURES

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 近くの大きな公園では、桜が満開だった。
 春も半ば。気温が上がってきた。突然上昇した気温。
 まだ、時折寒い日もある。TVでは新学期や新生活の特集をやっている。

 年末年始よりこの季節の方が、物事を統括しやすいもので、俺も色々考えてた。年々状況は悪化してるなと思った。事実だった。俺個人だけのことじゃなくて。成熟しきったモノは時の流れと共に終わりへ向かっていく。
「良いこともあるけど、頭に残るのは何時だって不安」
 視線を逸らした先に見えるのは、隣のベランダから伸びてきた草。
 最近、隣の部屋のベランダが汚い。散らかってる。どうやら使わなくなった物や、壊れた物を置いているらしい。別にお隣がベランダを、どう使おうが隣の勝手だが、俺は少し不快だった。散らかった状況は嫌いで、整然と整理された状態が良い。

 最近は部屋の中でも落ち着ける気がしなくて、少し辛い。散らかったモノは嫌いだ。単純に単純なモノが好きだ。だけど何時も慌ただしくて。原因は分かってる。部屋にナオとユージがいるからだ。俺はチャンネルを変えた。
「凄い! 自分で理解してチャンネルを変えられるんだ!」

 俺にとっては当たり前のこと。だからそんなに騒がないで、俺に構わないで。
 出来ればしばらく放っておいて欲しいんだ。少し静かにしておいて。
 だけど、春の喧騒は仕方ないことかもしれない。街中が春色に染まっている。
 俺は部屋を出て、少し散歩に行くことに。部屋の外へ。

 ・・・・・・・・・・

 思い出すのは、先日のユージとの会話。確かこう言ってた。
「いいかイーヴァ。分かってると思うが……俺はナオに好かれたい。お前の協力が必要なんだ。出来る限り、部屋の中に居て、ナオの気分を良くして欲しい」
「そんなこと言われてもな……自分で頑張ってくれ」

 努力しようがないことのように思える。他人に好かれるための努力ってなんだろう。ユージは俺に「なるべくナオが来る時は部屋にいろと言う。保険だ」と。どうやらユージもナオがこの部屋に来る理由が、俺だと分かってるみたいだった。
「それでも諦めないユージ……好かれようと努力してるんだな」

 ユージがナオの何処を好きになったのか、想像する。例えば常に美しく見られたいと言う態度。女の振りが過ぎている行動と、言動。男だと知っていれば気持ち悪い、全て。例えば、男だと知らないとして何かあるだろうか。
 当時の俺には分からなくて。ただ毛嫌いしてたみたいだ。
 ナオはユージの気持ちを分かった上で。
「ありがとう。優しいんだね、ユージは」
 そう靡いたように、たまにそっとユージの体に触れるのは、計算された行動。そうやって、ユージの心に触れて操る。思うがままだった。ユージの純情は弄ばれてる。色々貢がされているみたいだ。それとなく気付かないうちに。

 ・・・・・・・・・・

 再び戻って来た部屋の中。ユージとナオはTVを見てた。俺は静かに座った。
 TVを点けると遊園地の特集が組まれていた。新アトラクション。
「いいなー。一度で良いから行ってみたい。遊園地に」
「一度も行ったことがないの? 卒業旅行とかは?」
「……変かな? 生まれて一度も行ったことがないよ」
 少しの無言。ユージは意を決して話す。
「こ、今度、俺と行かない?」
「行けないよ。お金がないから」
「俺がチケット用意するよ! 任せてよ。だから行こう」
「本当? 嬉しいな。楽しみにしてるね。ありがとう、ユージ」
 ユージは、ナオが帰ったあと、すぐにパソコンでチケットを購入した。

「ちょっと待ってろ、イーヴァ。今メール打っているから」
 ちょっとどころじゃない。もう30分も推敲してる。異常だ。カップ麺にお湯を入れたまま忘れている。忘却のカップ麺だ、伸びきっている。自分の飯も忘れるくらいなら、俺の飯も忘れるのは、仕方ないことか? いや、俺には死活問題だった。
「ユージ。飯だ。メールはその後にしてくれ。頼むから」
 俺の言いたいことは、それとなくユージに伝わる。
「ああ、ご飯か。忘れていた。今すぐに用意するよ」
 ユージは電話を手に取ったまま。
「どうした? 早く用意してくれ。ユージ。ユージ……」
 ユージは電話を見つめたままだ。動く気がない。再びベッドの上で電話をいじって、メールを推敲する。今、インターホンが鳴ったことにも気付かない。呆れる男だ。突如電話が鳴る。ドアを開けろ、とサナダからだった。
 ドアを開けてユージが一言言う。
「インターホン鳴らせよ。驚いた」
「何言ってるのよ? 大丈夫なの、ユージちゃん?」

 突然の来訪はユージを驚かせた。少し部屋が散らかっていたから。それは、きっと、他人から見たら綺麗な部屋なのだけどユージは駄目だ。変なところで完璧主義で、自分の思惑通りにいかないと、すぐ不機嫌になる。サナダが気を利かせて。
「いつ来ても片付いているよな。ユージの部屋って」
 それでもまだ不機嫌そうな表情。
「で、今日はどうして俺の部屋に? 何か用?」
「聞いてよ、ユージちゃん! あ・た・し、彼氏が出来たのよ」

 嬉しそうに彼氏について語るマスミ。サナダとユージは興味なくて。
「マスミには悪いけど、やっぱり男と付き合う気持ちは分からないな」
 なんてユージが口にする程。サナダが慌てて言う。
「ほら「のろけ」って聞いてる方からしたら面倒なだけだし」
 ただマスミは気にしてない。幸せを辺りにばら撒いていた。
「超イケメンなのよ。ほら見て! この写メ。かっこいいでしょ? ね、ね?」
 携帯電話の画像はボヤけている。これじゃあ何処に惹かれたか分からない。言われればイケメンのように思えるが。どうやら、それだけしかない。今日知った男だと言う。街中で知ったみたいだ。ナンパしたのかも。春だから。

 ・・・・・・・・・・

 後日、ユージは届いた遊園地のチケットをナオに見せた。
「これって、この前の話の?」
 まじまじとチケットを見るナオ。
 後日の詳しいスケジュールを決めたユージとナオ。何時に何処集合とか、何に乗ろうかとか。ユージはもちろん、ナオもそれなりに楽しそうだった。思い入れがあるみたいだった。だけど、それは良い思い出とは呼べない、屈折した思い。
「私ね、ずっと観覧車に乗ってみたいと思っていた」
「どうして観覧車なの? まあ、女の子らしいけど」
 ナオは言う。可愛さより「怖さ」のある口調で。
「私が一生乗れないモノだって、言われ続けてたの」
「……酷い恋人だね。それって」
「恋人じゃなくて……まあ、姉なんだけどね」

 その夜のユージは呟いてた。
「俺がナオに楽しい記憶を、新しい世界を伝えるんだ」
「別に今、正式に付き合っているわけじゃない。それに色々と勘違いしてるぜ」

 後日の朝、ユージはあり得ないくらい早起きした。鏡の前で何度も服や髪形を直す。まるで、直した数だけカッコよくなるかのように。外見のミスが、今日の出来に大きく関わってくるのは、分かってるが、気にしすぎも駄目だろうに。
「変なところは無いよな、イーヴァ。確認してくれ」
 ユージの周りを一周して、よく見た後「無いな」と伝えた。
「今日が勝負だ。この機を逃したら、二度とチャンスは訪れない」
 鏡に映った自分に何度も呟くユージ。
「今日から、2人の関係は動き始めるんだ!」
 気合だけは十分だった。シュミレーションを重ねる。

 ユージが出て行った後、俺は少し横になることにした。
 まるで遠足に行く子供を、見送った後の母親のように疲れていた。少し寝ることにした。昼くらいまで寝よう。今日は誰にも起こされることもないだろう。ユージも夜遅くまで帰ってこないだろうし。そう思って目を閉じた。

 起きた時は4時だった。朝日なのか夕陽なのか惑う。夕方だった。
 大概空が赤い時は夕方で、青い時は朝方なんだ。
「ちょっと寝過ぎだったけど、久しぶりに眠れた気がする」
 それでまた一眠りしようと、微睡んでいた。浅い夢と現実の境界。

 ・・・・・・・・・・

 俺は、退屈してた。記憶の中の俺が寝てるから。
 部屋に居ても仕方ないので、幽霊の俺は街を歩くことに。
 遠くの街に見える観覧車を見上げながら、俺は呟いてた。
「あれが観覧車か。そこから見える景色は、何かを変えるほど、綺麗なのか?」

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