GHOST PICTURES

 13



 似たような体格の女を見るたび、ナオじゃないか疑ってしまう「違う」と分かっていながら確認して、やっぱり違って、落ち込む。たまに確認しなかったり、確認出来ない時は、それはそれでもやもやする。日常でもう会えないナオの影を探してる。
 この意味のない、中身のないことが習慣づいてしまう。

 ――もし、この角の先でばったり再会出来たとしたら。
 現実的に考えて「あり得ないこと」本気で考えている。何時も……そして当然、そこにナオは居ない。分かっていることだ。だけど……期待してた分、ダメージはあって、残るのは感情のゴミだった。そうしてやるせなさを感じて、日々を部屋で過ごす。

 ・・・・・・・・・・

 何もかも終わったあとは、流れゆく日。
「ただいま、イーヴァ。明日は合コンだ」
 小奇麗な部屋だった。いつも綺麗で清潔だ。異常だと思うくらい。でも居心地は良い。落ち着いた色の家具のせいかもしれない。あの男は今日も小さい置物を買って帰ってきた。古い時計。木製の棚の上に置いていろんな角度から眺める。
「そうか……結構似合うものだな」

 太陽の光に曝されているのは地球儀。よく出来たこの模型。今度、高い値段で友人に譲るらしい。俺は知っている。俺はナオに恋している。ナオに向かって引っ張られていることを。俺の心はナオに向かって常に力が加えられている。
 地球儀に触れると、少しだけ回る。
「そしてこの球体に、69億以上の人が溢れているのに……」
 もっとも俺が振れ合う人は僅かだ。ほんの一握り。俺と出会う人だって、人生で出会う猫は僅かだろ。そう思うと少し不思議と寂しい。
「もう会えないのか……不思議で、少し寂しい

 窓辺に置かれていた白いバラは枯れた。
 根がないから。そういう運命だったんだ、最初から。
 枯れる運命は避けられなかったようだ。近いうちにまた別の花でも飾るのだろうか。

 ・・・・・・・・・・

 何も変わっていない。そう出会う前に戻っただけ。カラスの言った通り、変わったのは俺だった。今日も一匹でフェンスの向こうの線路を見る。線路沿いの国道、黒猫がずっと飽きずに電車を見てる。そう一日中。動かずに。
「来るとしたら下りの電車なんだ……この路線なんだ……」
 そう言って待っている、動かずに。動けずに。
「何してるんだ、俺は? 知ってるよ。恋の病なんだって」

 朝から昼過ぎまで居た。今日も来ない。俺は家路につく。
 ノラたちの集まる場所が変わった。そこを避けないとな。
「……今日はここを通りたくなかった。あいつはうるないから……」
 すぐに出会う。真黒いカラス。ゴミ箱を漁るのを止める。
「今日も、つまらなそうな顔しているな。イーヴァ、何か話そうぜ」
「お前ほどじゃないぜ、くそカラス。疲れてんだよ、話しかけんな」
 このカラスはよく俺に話しかける。話好きな奴だった。俺は文句を言いながらも、よく話に付き合っている。ただ今日は疲れていて話す気には、なれそうにない。
「イーヴァ何処に向かっているんだ?」
「家に帰るんだよ。疲れてんだ」
「そうか……早く元気だしてくれよ……」

 ・・・・・・・・・・

 駅の表通りを歩きながら街を見渡す。
「いつまでナオを探すんだ、俺は? もう会えないと分かっていて」
 もうナツノヒカリ。たまに涼しい日もある。下校中の中学生の群れに襲われた。
「可愛い猫さん。黒猫って不吉だね」
 俺は無数の手をかわして、裏道へ逃げる。
「何でもかんでも「可愛い」で片づける精神が嫌いだね、俺は」
 そんな奴らに触れられたくない。俺が触れたいのはお前らじゃない。

 何をしたって面白くなくなってしまった。もう以前の俺はいない。
 表面は変わっていないが、内面は相当変わっていた。
「今になって、ようやく分かったんだ。いろんなこと……」

 ・・・・・・・・・・

 夜中に目が覚めた。最近は深夜起きるというのは少なくなっていた。馬鹿騒ぎしていた連中は何処かへ行ってしまったようだ。だから規則正しい生活が出来るようになったんだ少しは。窓に部屋の中が映っている、鏡のように。
 窓に映る自分の姿を見るたびに首輪を見てしまう自分。
『見て、首輪買ってきたの。イーヴァに似合うと思って』
 もう薄れてきた、色と記憶。だけど確かに首を絞める。
「ほら、見ろよ。完全に囚われちまったよな……」
 この忌々しい首輪。自分じゃ外せそうにない。どうしても自分じゃ外せないんだ。
 シトラスの様な黄色は薄汚れてる。日々の中で汚れてしまった。
「気が狂いそうだ。もう二度と恋はしない。永遠に」

 再び横になったけど目が覚めて・・・少し涙が零れた。センチメンタルな気分になった。唐突に襲う発作の様。いつも最後の、車窓に見えたナオを思い出してしまうんだ。
「もう一度だけ話せたら、どれだけ楽になるのだろう?」

 ・・・・・・・・・・

 晴れの日も、雨の日も、曇りの日も。
 春でも夏でも、秋でも、雪の降った冬の日でも。俺はこの場所に囚われて。
 幽霊の俺も、一緒になって電車を見ている。そこにナオの姿を見たいから。

「ああ、何だイーヴァか。街中で出会うのは久しぶりだな」
 カメラを持ったサナダが俺に声をかけた。俺は少しだけサナダを見て、再び線路に視線を戻した。何時もだったらすぐ逃げるのに。今となっては、そんなことはどうでもよかった。珍しかったからだろう。サナダはカメラを構えてシャッターを切る。

 それはポラロイド式のカメラ。すぐに現像された写真を見て不思議そうに。
「何でだろう……どうしても上手く撮れないんだ」
 写真の中の俺は、何度撮っても二重にぶれる。もう一匹重なっているかのように。
 そこに写りこんでいるのは、幽霊になった俺。
 二重線のように俺が2匹写りこんでいる。
「猫は時の過ごし方が人と違う、と誰かが言ってたっけ……なんてね」

 ・・・・・・・・・・

 季節が巡って雪の日。俺はずっと雪の中で、電車を待っていた。
 だけど、気付くと倒れていた。薄れゆく意識の中で。願ってる。

 もう一度会って話したいと。そう祈っている俺が居た。
 天国なんか行けなくていい。もしも幽霊になったら会いに行く。探しに行くから。
 何時も祈っている。後出しの都合の良い願いを。お願いだ、最後にもう一度だけ。

 会いたい人の住む街へ行けたなら。
 歩き回って見つけた時には、俺は次に何を思うのだろう。
 その時は。そう、その時は――

『GHOST PICTURES』 END

後書き