俺ビール君カエル

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『――お兄ちゃん、今日も元気か?』
「はい元気ですわ。何時もありがとうございます」
 何時もの宅配先。
「これからもご贔屓に、では」
 そう言って俺は牛乳を渡して原付へ戻る。
 白いヘルメットを被って、颯爽と走り出してから一人言。
「今日も本当に平和やなー、平和が何よりよ」
 原付で走る早朝の田舎町。
「年寄りってやっぱ朝早いんだよな、まさか毎日挨拶するとは思わなかった」
 まだ4時前なのに、玄関で待ち受けているとは始めた時には思わなかった。そんなにこの牛乳を心待ちにしてるとは知らんかったんやわ。新聞読みながら牛乳飲むことが日課なんだと思う、俺はよく分からんけれど。

 田舎町の夜明けは美しいものがある。
 どこまでも澄み切っている空と、田畑と山道。
 原付にはクーラーボックスが搭載されていて、そこには牛乳瓶が収まっている。
「初めはしんどかったけれど、最近は慣れたわ」
 原付きで配達と言っても、割と楽な部類に入るやろ。
 ひたすら道を走る。九月の空の下。
「「のんのんびより」ほどやないけど、のどかやね」
 別に「オタク」ちゃうけど、アニメは嫌いやない、むしろ好きな部類やねん。結局は中途半端な感じでオタクコミュニティーにも属せずに、友達らしい友達いないねん。別に孤独が怖いわけやないから、それでいいんやけど。

 ・・・・・・・・・・

 今、俺が配達しているものは「御原牛乳」や。
 地元の乳製品会社「ミハラ」の提供する、生乳牛乳。
 一応は地元に愛されている地元企業や。
 瓶入りで紙の蓋がされた普通の牛乳や、これを原付きでお客さんのもとへ届けることが俺のミッションやね。まさか「牛乳屋さん」になるなんて思わなかったけれど、地元を離れた遠い空の下で意外と上手くやれている。

「大学三年生になっても基本暇やなー」
 大学一年生から続けているこのバイト。
 大学の寮で一人暮らしをしている、けれど仕送りだけでは欲しい物が買えないから、まずはお金を貯めようと大学が始まる前の朝の時間を使って、牛乳配達のバイトを始めたんやけど、これが地味にキツい。
 まず朝起きることがキツい。
 応募した時は3〜6時の勤務時間なら「ちょうどいいかな」と思った。
 始めてみると睡眠に勝る誘惑と言うものは僅かしかないように、毎朝「布団から出ること」が試練や。この季節はそうでもないけれど、冬場とかはかなりキツい。
 このあたりは雪は降らないんやけど、やっぱ寒いし。

 時給1000円、これも地味に失敗。
 配達自体は3時間あれば終わるので一日「3000円」にしかならない。
 財布に潤いを与えるには少ない額や。
「稼げんのや、5日出ても」
 3000円×5日×4週=60000円前後。
「テルミーホワイって感じや、なーんか全然「割に合わない感じ」がするねんけど、こんなものなんかな、バイトって」
 高校時代はバイトしてないから感覚が分からんねん。
 お金が欲しいなら、しっかり就職するしかないよな。
「でも会社員やりたくねー」
 と会社員の父親を見て育った俺は思う。
「朝も夜も働いて、自分の自由に使える時間がないって思うとキツいよな。だけど俺もやっぱ会社員になるんやろうな」
 それかフリーターかの二択しかない。
 特別な能力とか特技、経営力は俺にはないし。

 ・・・・・・・・・・

 田舎なので舗装されていない道を走ったりもする、この原付で走ること自体にそれなりに楽しさを見出している。
 ノルマは普通にやれば終わるようなものや。
 俺は原付を、特徴のない他社合同の自販機の前で止めて、よく分からない飲料メーカーの美味しくもないお茶を80円で買って飲む、ここが一息吐くポイントで、周りには何もない。俺は色んなことを考えるくせがある。

「この町に存在する地方大学。町は栄えているわけでもなく田舎と言っていい、大学は三流大学や、この俺が入れたくらいやからな」
 大学へ行かなければいけないような感覚で入ったんや。
 高校に来ていた求人に、まともな求人がなかったから。
「余裕あると言えばあるんや」
 実家は別に貧乏と言うわけでもないしな。
「この年になって思うわ、俺って恵まれていたんやな」
 父親が家庭を持って、働き続けていること。
 小さい頃は尊敬出来なかったけど今はそれなりに尊敬している。

 ぼんやりと明けた空を見上げる。
「ここに居るもの、あと一年ちょっとかー……」
 この田舎街なんてやることないし、暇やしバイトしてる方が充実感あるような気がしている。何を学んで何になりたいとか、そういうものは無いけれど「こんな生活も何時か何かの糧になるかもしれない」なんて思っている。
 そうなればいいな、くらいやけど。
 飲み終わった缶をゴミ箱へ捨てる。
「よっしゃ、あと少し、頑張って行こうや」



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