AlternativeRed 第2部 「Alternative Red」

 1

「死んだようね。思ったより呆気なく……吸血鬼も所詮はこの程度ね」
 彼女の下から抜け出す名雲。サライの瞳孔は開いていて力の抜けた体は軽かった。名雲は死体を軽く蹴ってみるけれど何も反応は無く死んでいるように見えた。
「だけど吸血鬼は死ににくいと聞きましたから、銀の弾丸を使ったから「無いとは思う」けれど、一応は死体は完全に始末しといた方が良さそうですね」
 仮に蘇られたとしたら危険だと思ったから。
 広い邸の中で名雲は死体を片付けることに。サライの小柄で華奢な体は、容易に移動させることが出来た。血が抜けた後の死体は少し青かった。広い大広間には暖炉があり、その中に小さな身体は簡単に収まった。
 着火剤に火を点けると薪へ移り流れ続けていた血も燃え始める。
 ――全てを燃やしてしまえば。

「本当に下らない吸血鬼でした」
 死体が燃える嫌な臭いの中で彼女は自然と口に出していた。
「低俗で自己中心的で勘違いしている。餓鬼のくせに」
 死んで当然とさえ思っていた。彼女は暖炉の炎を見ていると嬉しくなった。それは憎くて仕方ない相手を燃やしてるから。サライの全身が黒く焦げていく様子を彼女は笑って見ていた。それは形容し難い感情で。
「何もかも灰になればいい。ふふ実にいい気味です」
 寒い日だった。彼女は一人で次々に薪をくべていく。邸内は、死体の焦げた臭いで包まれた。後で臭いが残らないように大きな窓を開ける。すると冷たい風が吹き抜けて、暖炉の火を僅かに揺らした。
 
 燃やし始めてから大分時間が経った時に名雲も「さすがにもう生き返らないだろう」と確信した。薪をくべることは止めてソファーに横になった。しばらくしてから不意に邸の扉が開く音で目を開けると邸の中に頭の無い男の姿。
 彼は自分の頭を右手にぶら下げていた。
「よく簡単に殺せたものですね。彼女は仮にも吸血鬼ですよ」
 この首が取れた男はウトックだった。
 どうやら彼は「首が取れたくらい」では死なないようだ。
 サライが帰ってくる少し前に彼が邸を訪れた。その時には既に首は取れていて、手に持たれた頭の口が動き笑顔を見せた。
「初めまして、時間が無いので要件だけ。サライを殺して欲しいのです」
 そう言って名雲に重くて大きい銃と銀の弾丸を渡して微笑む。
「断れば文字通りあなたの首を絞めますよ。殺してくれれば報酬を与えます」
 ウトックはそれだけ言うと、首を引きずって闇の中へ消えた。
 名雲は少しだけ考えた後で手渡された銃に銀の弾丸を込めた。それは手にずっしりと重い。いずれはサライを始末しないといけないと前から考えていた。
「私はこの邸から逃げはしない――けれど殺すことは躊躇わない」
 名雲はこの男から銃と銀の弾丸をもらいサライを始末した。

 そして名雲は仕事を終えてこの場でウトックから報酬を受け取っている。大量の札束をもらう時に名雲は思った「随分と割の良い仕事だった」と。
「それにしても吸血鬼を殺せる人間がいるとはな」
「殺すこと自体は単純ですよ。銀の弾さえあれば誰にでもできます」
 ――気づいているだろうか、この首の取れた吸血鬼は。お前も特別では無くて簡単に殺せるんだ、私なんかでも。
 名雲はそう思っていた。
 そんな名雲を見ても彼は見透かしたように自惚れた態度で。
「それではもう一件仕事を頼みましょう。受けてくれますか」
「ええ、別にいいですよ。何でしょうか」
「始末したサライの「親族」を探し出し殺して欲しいのです」
 名雲は二つ返事でその仕事も受けることにした。ウトックは笑顔で言う。
「銀の弾丸はここに複数置いておきます。今回の報酬の話はまた後日にしましょう、取り合えず今日はこれで帰ります、この首を繋げないといけないのでね」

 ウトックが帰った後の大広間で名雲は一人ソファーに座っていた。暖炉の炎は今にも消えそうなくらいに弱くなり、黒くなったサライの死体は燻っている。
「ふふ、彼女を一人殺しただけで……随分と過剰な報酬ね」
 大きな窓は開け放たれ空気は流れていた。
 夜は耽る。ただ暖炉の炎だけが邸の中を映し出していた。

 ・・・・・・・・・・

 朝、気が付くとあの後ソファーでそのまま眠ってしまったようだ。
 開けた窓から流れてくる冷たい風で寒くて起きた。暖炉も既に冷え切っていてそこには黒炭だけが残っていた。臭いも熱と共に風が奪い去った。
 彼女はまずシャワーを浴びようと考えた。
 生暖かいシャワーを浴びている。排水口の赤錆は鉄の匂いで血と同じもの。サライの返り血を落とすのに手間取っていた。時間が経ったせいなのか、どれだけ丁寧に洗っても血の臭いは鼻にこびりついたままで取れなくて。
「そう言えば誰かを殺したことは意外と初めてだったかも」
 間接的に殺したことは昔にあった、生きるために。
 それでも直接手を下したことは昨日が初めてだと今になって思い出していた。

 綺麗な服に着替え終わった彼女はまたソファーで横になることにした。昨日は全く感じなかった「殺しの重み」を今日になって感じていた。昨日は罪の感覚が麻痺していたのだろう。目の前のテーブルには鈍く光る銃が置かれている。
「ダリアを殺すのか……私が」





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