深き森の白狼

 1



 ――女の子は森の中を歩いていた。
 秋のこの森には今、実に多様な色が溢れている。
 秋には黄色い紅葉、赤い果実、緑もある。
 それでもここで暮らしている女の子にとって森の色は「青」だった。夜になれば青く冷めた夜空に白い月が浮かぶ、それを見る時に透明で冷えた風が青く感じるから。それは言葉では説明しきれないものだった。
 緑色のその服、長いスカートに簡易な赤い革の靴。
「困ったな……どうして道に迷ったのかな」
 歩き慣れたはずの道のはずが、気がつくと迷っていた。この森など自分の庭だと思っていたのにと、暗くなれば狼が徘徊するこの青い森に恐れを覚えた。
 その手に持ったバスケットの中には赤い林檎に山葡萄、それと黄緑の洋梨が。熟したその果実に心躍らされていたことは事実だったけれど、だからと言ってこの歩き慣れた道で迷うことは信じ難かった。
 この時、少しぞっとしたけれど楽観視していた。
「歩いていればすぐに知っている道へ出れるはず」

 けれど歩いても歩いても迷い込むばかり。
 次第に不安に駆られながら知っている道へ抜けだそうとした。
「あまりに深い迷い、それは命取りだから」
 それでも取り乱すことの方が危険だと分かっていた女の子は、努めて冷静に目印を探している。けれどどういうわけか、そこはあるはずのない木々、見たことのない風景ばかりが広がるのだった。
 果物の入ったバスケットを強く握り直すその手に少しの汗。
「どうしよう、本当に迷ってしまったみたい」
 先ほどから目印になりそうなものを探しているけれど何も見つからない。森の中に彼女の知らない領域が存在していたことは確かだった。それはおそらく「人ではない」と言う予感を彼女は嫌でも感じ取っていた。
 聞き慣れない鳥の鳴き声が不気味に響いていた。

 ・・・・・・・・・・

「とにかく何かを見つけないと抜け出せない」
 そう思い必死に帰り道を探しすうちに一つの道を見つけた。
 それは女の子の全く知らない、それも獣道ではない道だった。不気味なことにこの辺りから生き物の気配が消えていた。
「何処に繋がっているのだろう」
 今はとりあえずこの知らない道を歩いてみるしかない。
 歩き始めてすぐに、少なくとも前に誰かが通った道だと気付いた。
「なんだろう……この道、誰も通ったことがないってわけじゃなさそう」

 過去に歩いた人の足跡が僅かに残っているからだ。
 誰かが通ったこと、それがほんの少し女の子を安堵させた。
 その先に何があるのか、それは女の子には予想出来なかった。歩いた先に少し拓いた場所、そこに黒と赤で出来た立派な「邸」を見つけるのだった。
「こんな邸がこの森にあったなんて」
 彼女はこの森を知っていたと思っていたのに。
 この森で暮らしているけれど他に人は居ないとも思っていた。
「でも誰かいるならば、少なくとも帰り道を聞けるかも」
 女の子は助かったと感じる一方で、慣れ親しんだこの森に自分の知らない存在が住んでいると知って、少し怖くもなった。
「一体、誰が何をしている存在がこの邸に住んでいるの」
 考えれば考えるほど不気味だった。

 見ることや聞くことでこの邸について理解出来ることがあるかもしれない、そう思った女の子はまずは遠くからこの建物について確認してみることに。まずどうしても意識してしまうものはその色だった。
 赤と黒と言う色合いは家としては珍しい。
 けれど、どういうわけか見る限りでは「嫌な印象」は感じ取れない。造りはクラシックに見える。とても広い邸のように思える、造りには高級感があって何の目的で造られたのかが見れば見るほど不思議に思う。
 もう少し込み入ったことが知りたい。
「何にしても「道を聞かないといけない」から」

 ・・・・・・・・・・

 その門構えは立派で大きな黒い鉄の扉だった。
 邸の門に手をかけてそれを開くと鈍い音が辺りに響いた。庭を手入れされているようでされていない。ところどころの植物が伸びるだけ伸びていたから、見る人がしっかり見ればそれは分かることだった。
「ここはもしかすると「精霊さんの住処」かもしれない」
 女の子は神や精霊の領域を信じていた。
 この森には神や精霊、その他の人とは違う存在が居ると教えられて育った。そしてそういう存在たちにはなるべく触れないようにとも教えられた。そう考えると出来ればすぐに立ち去った方が良い。
 まだ日は高い位置に存在している。
 それは今の女の子に取って唯一の味方であり、逆を言えばこの日が沈んでしまったらそこで「終わり」だと言うことも理解している。その理由から、自分の問いかけに返事がなくても直ぐに次の選択肢を選ばなければならなかった。
「ごめんください、道に迷ってしまいました、誰か居るでしょうか」
 しばらく待っていたけれど返事はない。

 扉に手をかける、赤い木と一部の金属の扉。
 意外なことに鍵はかかっていなく試みると抵抗なく開いてしまった。
「奥の方に居て聞こていない……という可能性が否定しきれないよね、扉を開けて中に入ってもう一度、挨拶をしてみよう」
 玄関から覗く邸の中はとても良い暮らしに映った。
「ごめんください……誰か居ますか」
 返事はなかった。
 女の子がそっと扉を閉める、邸の中の空気はあまりにも静かだった。
 ここには時がないと錯覚を起こすくらいに。しかし大時計の振り子は揺れていた。



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