七火狐

 1



 暗闇の中でゆらゆらと揺れる紅い火は、七つあった。
 それは鬼火の炎、それゆえに周りの妖しは私を『七火狐』と呼んだ。
 そう呼ばれて長い時を過ごした。
 私はもう二度と人と会わないと決めてここで一人過ごしている。
「あれからどれだけの時が経っただろう」

 夜空は少し透明さがなくなったような気もしている。
 時代は巡って変わったのだろうか。人の世は明治から移り変わり平和になったのか、それとも酷い世になったのだろうか。今、私の存在を知っている人はいるのか、それとも本当に忘れ去られたのだろうか。
「……ここにいるのは、ただの狐」
 昔の私は九つの鬼火を集めて「妖狐」になろうとしていた。
 鬼火にするためには一つに付き、人一人の命が必要になる。
 九つ集め秘術を使えば妖狐になれると言う風説が妖したちの中にはあった。
 その九つの火を集めて妖狐になる夢は、今はもうない。あるのは枯れた恋の記憶。そして毎日を、そう何十年もここでそれを思い出して過ごすだけの日々を。
「またすぐに眠らないといけない、現実感に襲われる前に」
 ただ一人、過去の記憶を眺めるだけの。
 ――月明かりのこの下で永久に。
 そして今日も目を閉じて回想の世界へ。
 今の私は他にしたいことも夢も何も持っていない、過去を振り返ることを「今の私が生きる意味」と言うのなら他人は「寂しいことね」と言うけれど。だけど振り返れば何時でもあなたに会えるのだから。
 だから記憶の世界に迷い込み抜け出せずに居た。

 ・・・・・・・・・・

 その世は「明治」の東京の街並み。
 明治維新後、国は東京の近代化を急速に進めて行く。
 銀座にはモダンな建物が建ち並ぶがその道幅は狭く、そこに高い五階建てのビルは多少の無理がある。昔の私はそれを見ると息が詰まりそうになった。
「狭い土地に争って高いビルを建てたのだから、当然なのだけど」
 同時に「長屋」の解体が至るところで始まっていた。
 長屋とは江戸時代からの古い庶民の住む家屋のことを言う。
 多くの庶民が住んでいた土地は買い取られ、解体され、道を広くするか大きなビルを建てる。儲かっているのは地上げ屋と事業の経営者だけだった。

 結果として明治の東京は近代と、古い街並みが混在する歪な状態になった。
「……この街は多くの人々に取っては住みにくくなった」
 江戸時代の空気は薄れていてもまだ正常とは遠く、何処か殺伐ともしている。生と死を常に意識してしまうような空気だった。時代は変わっても人の本質は簡単には変わりはしない。多くの問題はそのまま残っている。
 本当に平和な世の中になるためにまだ時間がかかるのだろう。
 だけど、厭世するだけでなく私はこの街で「生きて」いかなければならない。妖しを取り巻く問題は多く残っていて良くない未来を想像してしまう。
「このままではいずれ妖しは消えていく定め……」

 あの頃の私は暗い感情から妖狐になろうとしていた。
 人を惑わせ富を得ること、もしくは妖力を手に入れ全てを得る野望を持っていた。
「こんなくだらない世の中に埋もれて終わることなんてない」
 私には「若さと美貌」があった。
 銀にも似た白い髪を風に靡かせて歩く。
 私は何もない世界から、この東京へと紛れて来た。
 私が育った道のないような森の中、そこで僅かに水と食べ物を探して息を繋ぐだけの暮らしを「一生」と受け止めることが出来なかったから。それなら、その暮らしを捨てても一度はこの世の富と名声に触れるため。
 この明治の混乱に生じて私は成り上がると決めた。
 体裁を整え人の世に紛れ込んだ。
 生まれた場所も偽り雑踏の中を歩いている日々を過ごす。

 悲しいことや辛いことがその人を強くするなんて言葉は、きっと言葉に過ぎず、多くの人は弱くなる。だから嘘や偽りでも楽しいことや嬉しいことは、私を強くした。感情を捨ててまで人の上へと行こうとした。
「他の妖しには出来ないこと、だけど私には出来る」
 そう心に誓っていた、決してそれだけは負けないように。
 ここまで急激に変わっていく時代の中にいると、負けず嫌いになる。少しヤケになっていることは確かで、故郷の妖したちは口を揃えて「無理だ」と言い私を諭そうとしたけれど、私はそんな言葉は聞かなかった。

 ・・・・・・・・・・

「まあ、嫌なことばかりではないことも確かだけどね」
 新しい街中には甘い誘惑が増えたことも事実だ。
 まあ、それとは別の話だけど甘味屋や西洋の菓子店が好きで、お金を手に入れたらすぐに甘いものを買った、遊ぶ程度に溺れない程度に。
「嗜みは人が好むもの、だから私はそれに従っているだけの話」

 人は嫌いだったけれど人の作る物は好きだった。
 銀色の髪飾りは家が一軒買えるほど高価なもの。着ている着物は京の伝統染物、庶民が一生に稼ぐ総額と同じ値段のもの。
 その全ては努力とは無縁で手に入れた貢物がほとんどだった。
「これが現実。上流の物に触れるための条件は上流に居ること」
 そのためには一定以上の教養が強要された。
 多くの知識に触れるために多くの本を手にして読んだ。
 今日も銀座のカフェの中でミルク珈琲を飲み本を読む。
「この本は泉鏡花の最新作のはず」
 夏目漱石、二葉亭四迷、泉鏡花。上げれば切りのない数の新しい作家たちが新しい世の中でしのぎを削り、日々良い作品を出版してくれる。だからこうして退屈や空いた時間を少しは良い時間に変えられる。
「本当に良い世の中と言っておくべき」
 本質には触れることなく表面上だけ取り繕って。
 それでも感じることは明治の小説はやはり何処か殺伐としている。
 そう、まるで死と隣り合わせのように作者の殺気が伝わってきて、楽しめる一方で緊張感も同時に覚えている。その作品の多くには暗に闇の気配を伝える要素があり、ただ楽しむだけに留まらない。

「やはりこうして一人で過ごす時が何より贅沢な時間」
 それで一向に構わないのはもとから誰かと本気で付き合う気がないから。この見た目だけでも十分「人並み」に過ごせると私は知っている。外見的な良さはそれだけで生きるための武器に成り得るものだから。
「人の世は厳しい、弱い者は生き延びられない」
 そう言って浮き世の定めを娯楽として眺めながら読む文学は気分がいいもので。
 正確に言うのならば私は性格が悪いのだろう。



次へ