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  • 第2夜 1
  • 付夜紅葉雑貨店 ― 低幻想話集
    第1夜 「Another Window Light」

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     青色と緑色の一枚の写真が手の内に。昔に撮った「蓮の写真」やった。水面に揺れる蓮の葉のよう、咲いた薄紅の花のように浮世で静かに揺蕩っていたいと、何時だって心の中に静寂と清らかさを浮かべていたいと思っていた。
     あの葉と花のようになれたならと。
     そんな思いは客が来たからポケットへ仕舞いこんだ。
    『――いらっしゃいませ』
     ここは深夜の東京の片隅、マイナーコンビニの中や。
     青いエプロン姿で店内に居るのが俺や。
     総店舗数10店に満たない個人経営者のコンビニやった。扉の前に置かれた新聞紙、窓から見えるのは無数の雑誌。レジの正面の奥には「冷蔵リーチインショーケース」から壁際に冷やされた弁当類が並んでいる。
    「25円のお釣りです、ありあしたー、またどうぞ」

     ・・・・・・・・・・

     この俺「中田 将和」はコンビニバイト歴はもう三年目になる。
    「三年前は25才だった俺も、今年でもう28才」
     世間一般では「若いと言えない年齢」やからな、そろそろ仕事の面接で年齢的に落とされる年頃だろう。そんなフリーターの俺に一つ言わせてもらうなら、深夜のコンビニ勤務と言うのはそんな楽なもんやないと言うことな。
     色々なものを「継続させる力」が必要なんや。
     例えば集中力「深夜なら客なんて少ないんでしょう」そう他人は言うけれど、要はどんな客だろうが、一人だろうが接客は疎かに出来ない「お客様は神様」で、一度手を止めて気を配ると言うこと。それがコンビニ勤務の基本や。
     そして日中の仲間たちのツケは全て深夜に回ってくる。
     仕事の手を止める時間なんてほとんどない、昼間に出来ない作業が山積みされている現状やし。例えば調理器具の清掃から売り場整理など挙げればキリがない。

    「いやいや、そんなこと考えている時間はないねん」
     ついつい色々と考えてしまう思考の癖がある。
     そう言う意味では仕事が山積みというのは好きな状況や。俺は暇するより無心で働く方が向いているからこの仕事は嫌いやない。缶飲料の補充、賞味期限切れ商品の回収、売り場の整理、調理器具の清掃から商品の受け入れなど。
     エトセトラ、エトセトラ……
    「俺のやる気がどうとか言うより、単純に体力的にキツイだけや」
     早いところ缶飲料の補充を終わらせなあかん。

     僅かに手が空く時もあり、誰も居ないコンビニの中は落ち着くものや。
     そんな時は新聞の一面を見ることにしている。
    「一時のインフレの影響がまだ残ってるんやな」
     そう言ってみるが今日のニュースはすぐにフェードアウトしてしまう。正直この年になるともう身の回りの世界で精一杯や。そしてようやく仕事から解放される時間が近づいていた。今日の仕事も無事終わりそうや。

     ・・・・・・・・・・

    「お疲れでしたー。じゃあ後はお願いします、俺は上がりますわ」
     交代するおばさんは世話好きな人や。俺を軽く小突く。
    『ほら、中田君。今日も彼女が来るわよ』
     朝6時で交代する時間になると決まって高級外車がこんなコンビニの前に止まる。高級外車も「リムジン」だからもう笑うしかないな、乾いた笑いや。そして黒の私立高独特の妙に洗練された制服姿「黒髪のお嬢様」がこんなコンビニに顔を出す。
     その後ろに控えめに付くは執事の姿だ。
    「彼女やないんですよ。これは妹ですわ」
     この女子高の制服は至ってシンプルな造りやった。一目でお嬢様学校と見て取れるような大きな赤いリボンと、生地は赤みのある焦げ茶色で上等なものや。それで簡素に洗練された白色のアクセントが好印象の制服や。
    『将和兄さん、今日も随分と酷い表情ね』
     この上等なお召し物のお嬢様は「水科 風夏」俺の腹違いの妹や。
     少し刺々しい印象の、正真正銘の「お嬢様」や。
    「でたな「感覚インフレーション」の化物め」
    「何それ。インフレーションがどうかしたの」

     月曜の九時の連続ドラマよりも昼ドラの設定やな。
     俺の親父は有力な政治家で「本妻と愛人」が居た。
     先に子供が出来たのは愛人の方やった。俺はその愛人の一人息子や。
     もちろん親父は自分の子供と認めなかったため、俺には正式な親父が居ない。学歴が無いのはそういう生まれのせいもある、正式な父親がいないから高い学費払えんから。
     もう少し自分を語るなら、俺は高校時代に地元の新聞に何度も写真が載るくらいの腕前の写真家志望やった。けれど俺にはそんな大きな夢が見れる環境が整っていないことに絶望して高校卒業以来は引きこもりやった。

     だけど23才の時「やっぱこれじゃあかんやろ」と思い直して働き始めた。今じゃ典型的な「その日暮らしのフリーター」になっとる、笑えるやろ。はい、自分の背景を美談のように語るのはこれで終わりや、はい、良くない癖やね。
    「で、毎朝毎朝こんなマイナーコンビニに顔を出すのは何故や」
    「まあ、社会勉強と暇つぶしを兼ねて」
    「お前、こうして俺と会うことを反対されているんやろ」
    「そんなことない。それにコンビニに寄るのに親の許可が必要なのかしら」

     会うはずがなかった。大阪と東京と言う距離があったからや。
     だけど俺が独り立ちしようとして上京し再開した。
     俺に腹違いの妹がいることは知っていた。そして東京に来たならあの親父に一度は文句言ってやろうとして本妻の家に行った過去や。けれど完全無欠のセキュリティの前に屈していたんよ。大きな邸の前を彷徨いていた時や。
    『――そこのあなた。私の家に何か用。立ち去るか、それとも警察へ行くかしら』
    「違うねん、不審者やないぞ『俺はお前のお兄さん』や」
     すぐに通報されても仕方ない状況やったけれど。
    「お兄さん……まさか、あなたが噂の「中田 将和」さんなの」
     この妹様も妹様で会話のピントがボケていたせいで助かったものや。まさかあの親父も俺が上京してるとは思わへんやろう、だから二人だけの秘密が出来た。

     ・・・・・・・・・・

    「それで写真の撮り方については何となく分かってきたか」
     俺は家に帰る道のりを風夏と歩いている。
     青空の下、高そうなミラーレスを手に言う言葉。
    「うん。大分「絞り方」が分かってきたと自分で思う」
     それは凄い「絞り方」なんて教えてる俺でも分からないし失敗するのに。
     まあ、そう言う言葉は決して口に出さんけれど。
     俺は今でも写真を撮ったりもする。それでこのセレブな妹様は表向きは俺に写真を習いに来ているらしい。だけど「こいつ、本当に写真を撮りたいのかな」と思うことも多々ある。本気じゃない感情はすぐに相手に伝わるから。
     まあ、可愛い妹様の遊びに付き合うのも兄貴の仕事の一環で。
     ありふれた設定の方が分かりやすくてええやろ、娯楽的に言うならな。

     少し会話して写真について教えてから風夏はリムジンに乗って学校へ向かった。俺も自分の家へと帰ることにした。都会の片隅のアパートの一室。
     四畳半の畳にアイボリーの壁紙の質素な部屋の中。
    「四畳半と言うのは古くは「茶室」に置いて最上を示す」
     とか言ってみるがそれは茶室の話であって、生活する上では六畳くらいは欲しいところや。だけどキッチンが分かれているのは嬉しい造りだ。六畳の物件は台所一体型ばかりだったからこの部屋に決めた経緯がある。

     そして俺自身も眠る前に自分のカメラを手に取った。
     それは風夏が持っていた物と同じミラーレスやった。
    「インスピレーションが必要や。この怠惰な日常を変える一枚を撮るための刺激を。まあ俺の写真なんてもう枯れた夢やけどな」
     二月の日差しは透明で、乾燥した風が窓の隙間から流れてくる。
     気付けば台所に置かれたエスカップの瓶に挿した花は枯れていた。それが妙に気に入ったので写真を一枚撮って、煙草を吸った。
     不意に大阪からの手紙が目に止まった。
    「まあ地元の同窓会とかには顔を出せへんよな。こんな俺じゃあな」
     もうすぐ俺は30才になるけれど、あんまり暗いようには考えんようにしている。




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